長時間労働による過労自殺をどう防ぐか

「過労死」や「過労自殺」を防ぐ法律 が機能していない理由

国が定める「過労死ライン」とは、月80時間超の時間外勤務(残業)のことを言います。
月80時間超の残業は、一般的な労働者(9時から18時まで(1日8時間労働))が、週5日働くとして、毎日22時を超える残業を続けている場合を想定しています。
また、月100時間超の残業は、毎日23時過ぎまで働いているイメージです。
月100時間超の残業をした場合、「過労死」のリスクが急激に高まることから、翌月までの期間に、「医師(一般的に産業医のこと)面談」の受診を勧奨し、「健康状態のチェック」をしてもらう という法制度が、すべての事業主(企業)に課せられています。
「長時間労働による産業医面談」では、必ず、就業制限(残業禁止などのドクターストップ)の有・無と、通常勤務の可・否を、産業医に判定してもらいます。

 

この法律が正常に機能すれば、過労死や過労自殺を根絶させることができるはずです。

 

しかし、残念なことに、この法律には、穴があり、「本人の申し出」がなければ、「産業医面談」を受けさせなくても良いことになっているのです。

!参考! 産業医面談に関する「厚生労働省パンフレット」はこちら

企業が積極的に労働者に「申し出る」よう勧奨しない理由

企業には、「産業医面談」の受診について、長時間労働者に告知し、受診勧奨をしなければならない義務がありますが、法律を遵守している企業はいまだに少ない状態です。
なぜなら、長時間労働者の多く(9割程度)は、ほぼ固定メンバーであり、毎月のように勧奨することができないこと(法律では、産業医の判断で2ヶ月に1回の受診に減らすことが認められています)。
また、長時間労働者の多く(9割程度)が、現時点では至って「健康」であることから、受診した多くの方が「産業医面談は仕事が忙しい中、時間を作って行っやったのに、産業医から適切なアドバイスももらえず、時間の無駄だった。」という感想(クレーム)を人事部門に訴えることが多く、結果として、せっかく始めた会社でも、時間の経過とともに「産業医面談」をやめてしまうこと。

そして長時間労働者は、社内でも優秀なエリート(働き者)が多数含まれている関係で、労働意欲にブレーキをかける恐れがあると考えている人事部門が多く、「産業医面談」を積極的に勧奨する企業が少ないからなのです。

長時間労働による産業医面談の実施率は2.4%

平成22年1月から平成27年3月までの長時間労働が主因となり、うつ病などの精神疾患や、脳・心臓疾患になってしまった労災認定事案3,564件を調査した結果、
発症前の1ヶ月間の残業時間は、平均99.6時間であり、
発症前の6ヶ月間の残業時間の平均は、86.3時間でした。
そして、なんと、産業医面談を受診していた方は、たったの2.4%にすぎません。

(労働安全衛生総合研究所調べ)

長時間労働による労災事件を起こした企業は、ほぼ100%が義務である「産業医面談」を実施していないのです。

そして、実際に労災が認定された過去の事件において、残業時間の平均が月100時間未満〜80時間台であることを鑑みると、
産業医面談の基準は、国が定める「過労死ライン:80時間」よりももっと厳しい基準で実施できるよう体制を整備しなければ、過労死・過労自殺を未然に防ぐことはできないのです。

 

過労死・過労自殺は「適切な人事的措置」で防げるはずだ

多くの判例でわかることは、残業時間の長さに加え、パワハラ上司によるいじめや仕事の失敗、降格や転勤などを含む「職場の環境」が過労自殺等の引き金となっていることを見落とすことができません。
職場環境を改善することは、人事部門や所属長の責任です。
社員が過労自殺に至る前に、
残業禁止や休業などの就業制限(ドクターストップ)を産業医に判定してもらっていたら、また、人事部が人事異動でパワハラ上司を配転してくれていれば、などのように
「適切な人事的措置」等を行なっていたら、自殺は未然に防げたはずだと悔やまれる最大の争点となるのです。
被告席には、中小企業の場合は社長が、大企業の場合は、人事部長や支店長が座ります。

裁判では、自殺の気配や可能性等を周囲の人が気がついていたか。気がついていたのなら、自殺を防ぐことができたのではないか ということを中心に争うことになるのです。

そして、
自殺の多くは、あまりに突然に発生し、周囲の人がその気配に気がつくことは稀であるとも言われています。

最近では、残業代未払い、病者の就業禁止、産業医不在など法令違反が重なる場合は、社長や直属上司個人を相手にした民事訴訟だけでなく、懲役等の刑事罰となる刑事事件として扱われるケースも増えています。

 

長時間労働者の「生産性は極めて低い」という事実

現代の日本では、「長時間労働を放置することが、企業の利益につながらない」という単純なことに気づいていない経営者が多過ぎます。
現代の産業の多くは、いかに良い知恵を出せるかという「頭脳」や「情報」が勝負を分け、優秀な人材を集め、生産性の高い仕事をしてもらうことが、競争に勝てる手段です。しかしながら、夜食を食べながら、上司の顔色を伺いながら、ネットニュースや、スマホに興じながらの「ながら長時間労働」を、貴重な人材である社員に許し、「うちの社員はよく働いてくれる」と思っている経営者があまりに多いと感じます。
長時間労働は、睡眠時間を奪い、余暇を奪い、人の活力を奪い、友や家族との時間を奪い、頭のひらめきを奪い、最終的には、健康を害したり、時に人の命を奪います。長時間労働は、失敗や事故を起こす確率を高め、いわば「酔っ払い運転」と同じです。

 

睡眠時間が短くなれば、確実に、頭の回転が鈍り、仕事の質が下がり続けます。
睡眠時間が短い状態または質の悪い睡眠を長期間続けていると、うつ病などの精神疾患にかかるリスクを高めることもなります。

 

仕事の生産性とは、(売上・利益)÷(労働時間)のことを言いますが、グローバルに考えた場合、世界でも最も高額な水準となった賃金を伴う「労働時間」に対し、世界的に売れる商品やサービスを作ることは難しく、付加価値がない限り、多くは徒労に終わってしまいます。
まず、労働時間を短縮し、疲弊した社員を健康で元気に働けるよう環境を整え、頭脳とアイディアの戦いができるようにします。
今後、少子化により、若い労働人口が急激に細っていく中で、優秀な人材を確保することはどんどん難しくなっていきます。

例えば、業界で2番手、3番手の企業が、労働時間を「例えば1日6時間」に短縮するとプレスリリースした場合、多くの子育て中の女性がパートではなく、正社員として就職を希望することになるでしょう。そして業界1位に急成長することだってできるはずです。
労働時間の短縮は、育児や介護、少子化など日本が抱えている問題のほとんどを解決することになります。
優秀な人材を長期的に集め、生産性の高い(労働時間の短い)経営が実現できるよう、経営者はもっと考えるべきです。

 

大企業が業績不振となる理由の多くは、商品が売れなくなることが主因ですが、その背景には、労働時間の長さ(人件費)と、生産性の低い人員の多さにあります。
リストラは、生産性の低い中高年の解雇が王道ですが、労働者を減らすことで、一時的に生産性を引き上げたとしても、結果、少なくなった労働力で、これまで以上に厳しい長時間労働を続けることになるようでは、ただちに生産性は急降下し、引き続き、負け戦が続くだけでしょう。
経営トップが、労働時間を大幅に短縮すると宣言をすることが、社員にどれほどの希望を与え、会社の活力が増すことになるか、
考えないといけない時期になっています。

 

なぜ長時間労働をしなければならないのか

なぜ長時間労働をしなければならないのか。答えは、生活が便利になったからです。
その昔、私が子供の頃(昭和40年代)、テレビは23時〜深夜0時までの間にすべて放送を終えていました。この頃、「うつ病」という病名はまだなく、この病気にかかっている人は周囲には一人もいませんでした。昭和50年代後半頃から深夜番組のスポンサーとTV局をつなぐ、大手広告代理店が躍進し、深夜0時過ぎの深夜番組をきっかけに、日本の社会は、24時間化していきます。深夜にTVを観たり、働いたり、食事をしたりする国民を増やすとともに、産業界全体が、24時間化、グローバル化、をキーワードにするようになりました。

また、インターネットやメールの発達は、働き方を大きく変化させ、WEBの活用が上手な企業は顧客数を増やしました。しかし、見込み顧客が増える一方で、成約する件数は減り、事務量は大幅に増えていきます。さらにWEBで簡単に情報が入手できることが、商品やサービスの価格競争をより厳しくし、企業の寡占化を促すことになりました。

人々の生活が便利になることで、その対価として、長時間労働をせざるを得ない状況を招いたということができます。

 

長時間労働による過労自殺をどう防ぐか

北欧諸国の多くは1日6時間労働で、所得税も高いのですが、国民はみな幸せそうに見えます。
先進国の中で最も残業時間が長い日本ですが、江戸時代の町民は、正味4時間程度しか働いていなかったという事実があります。
当時の日本は、今と比べれば、生活は想像を絶する不便さですが、10時から14時までの短い時間だけを働き、文化や芸術だけにとどまらず、庶民の生活は、鎖国をしていたにもかかわらず、欧米諸国以上に充実していたのではと、憧れの思いで想像することがあります。

長時間労働による過労死や過労自殺を防ぐためには、

経営トップが、残業禁止などを宣言するとともに、
① 残業をしなければならない原因を、部課単位で報告させる。
② 売上や成果を下げずに、残業をしないで業務を行う手段について、定期的に、部課単位で議論する。
③ 部課単位で協力し合い、残業になりそうな人の業務を分担する。
(弊社では14時時点で、残業になりそうな場合は、課長に報告し、業務の分散を計ります)
④ 勤務間インターバル制(※)を導入する。
⑤ 24時間営業の廃止、もしくは2交替制、3交替制を整備する。

などの対策がありますが、

 

過労自殺の場合、原因は、長時間労働だけでなく、職場でのパワハラやセクハラ、仕事上の重大なミス、仕事の量や質の変化などの「出来事」が重なることで、うつ病などの精神疾患を発症し、判断能力の低下などにより、突発的に自殺をしてしまうことが多いのです。

⑥ パワハラ、セクハラを行なった人(ストレッサー)を厳罰にすると公表したり、外部相談窓口を設置する。ことが、抑止力となります。

このように、厳しいと思われる社内規則を作ることも必要なのではないでしょうか。

 

ストレスチェックと産業医面談の活用

月100時間超の残業をしている「長時間労働者」は、日本で働いている人たち全体の約1割程度にのぼります。
そのうち、「産業医面談」を受診している人は、限りなく少数で、この法律を知らないという人がほとんどです。

「産業医面談」の制度は、労働者自身が「申し出」しない限り、現行では活用することができません。

会社の将来について、舵を取っている経営者や人事部門の方々が、まず法令を遵守することが前提ですが、

労働組合や、労働者自身が、「産業医面談」をしっかりと実施するよう経営陣に働きかけることがないと、現在面談を実施していない企業の場合、実現は難しいと思います。

なお、昨年12月から開始されたストレスチェックですが、部課単位での集団分析を行うことで、ストレスの高い部課を知ることができます。

精神疾患は、特定の部署、特定の管理職のもとで働く社員を中心に発症することが多く、ストレスチェックを人事部門がどう活かしていくかということが、今後の課題になるでしょう。

当たり前ですが、長時間労働をせずに、成果をあげる方法を、労使がともに考えていくことが必要です。

 

 

※ 「勤務間インターバル制度」とは、

「就労日における労働の終了から次の労働の開始までの 間に、一定の休息時間(11時間など)を付与することを義務付ける規制」です。

深夜12時まで残業した場合は、翌日は11時まで出社してはいけないことになります。

2016年11月12日

 

代表取締役 高橋 雅彦株式会社ドクタートラスト 代表取締役社長

投稿者プロフィール

1964年生まれ(52歳)1988年早大理工卒後、日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)に入行し、病院専門の融資課長などを経験。2004年同行退行と同時に、「医療」と「企業」を結ぶことを目的に「株式会社ドクタートラスト」を設立。社長に就任。現在12期目。趣味は五葉松の盆栽と休日のパンづくり。渋谷区松濤町会の理事を兼任。

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