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産業保健革命とは

メンタル不調者を出さない、増やさない職場環境をどう創るか

 「精神疾患」は脳の障害であり、薬で治ることはほとんどないという報告が年々増えています。
 精神科医の中には、長期にわたり症状が改善しない患者や、薬の副作用によって病状が悪化していく患者と向き合う中で、「薬を処方しない」「薬だけに頼らない」精神科クリニックを開業することが最近の新しい潮流となっています。

 先進国を中心に「うつ病」等の薬に関する薬害訴訟が相次いでいますが、実際に、精神疾患系の新薬は、約20数年前に発売されたSSRISNRI以降、世界中の製薬会社が開発をやめてしまっています。

「うつ病」等の新薬開発から撤退した製薬会社が、次に取り組んだのは「認知症」ですが、認知症薬も、現在のところ有効な成分を見つけられてはいません。同様に、認知症薬についても大半の製薬会社は開発をストップしています。

認知症薬から撤退した製薬会社が次にターゲットとした脳の病気は、今話題の「発達障害」です。「発達障害」についても残念ながら現時点で有効性の高い成分は見つかっていないとのことです。

脳を薬で治療することはとても難しく、薬だけでは治らない(治る人ももちろんいますが)ということであれば、
会社側がメンタル不調者を出さない職場環境を創ることを、これまで以上に真剣に取り組まなければならないということになります。

では、どうすればいいのか。

我々、産業保健業界は、これまでのようにメンタル不調者に対し「病院に行くこと」を促すだけでは問題解決とはなりません。

心身の症状が出始めている「病院に行く前の人」から、出来るだけ早期にご相談していただける環境を整備することが必要です。

弊社では、保健師等に電話で健康相談ができる「アンリ」という外部相談窓口サービスを2017年3月からスタートしています。EAP業界としては最後発となりますが、弊社の場合、産業医面談につなぐことができるという他社にはない強みがあり、社員数200名の場合、月額1万円という低料金が大好評です。

ドクタートラストの外部相談窓口「アンリ」

「アンリ」のような外部相談窓口サービスの課題は、本当に困っている人・苦しんでいる人との接点のカバー率にあります。この相談窓口サービスが、困っている人たちにどれだけ届いているのかということです。

実際に、困っている人たちが、面識のない保健師等に気軽に相談ができるのかと言うと、正直、躊躇している人が多いのだろうと感じます。
一度、お電話をいただいた方は、その後も何度も相談をしてくれるようになることから、「アンリ」の相談員でもある保健師等が実際に企業を訪問し「健康セミナー」を実施するサービスも開始しています。

ドクタートラストの健康セミナー講師紹介

大抵の場合、病院に行こうかどうしようか迷っている人たちは、「職場の上司との人間関係」に苦しみ、「仕事でのやらされ感」「あきらめ感」から離職を考えています。
できるだけ早く、できるだけ多くの「病院に行く前の人」「苦しんでいる人」との接点を増やすこと。そして、相談してもらうことができれば、その原因を取り除くことができます。
原因を取り除くことで、職場環境が改善され、離職率や生産性の向上が期待できるのです。

 

ハイリスク・アプローチとポピュレーション・アプローチ

ちょうどストレスチェックが義務化された約4年ほど前頃(2016年)から、メンタル不調者を出さない、増やさないために、集団に対しどのようなアドバイスやアプローチをとることができるのかが、産業保健業界における極めて重要なミッションになりました。

現在、国内で開催される多くの学会のテーマについても、メンタル対策のような従来型のハイリスク・アプローチから、コミュニケーション論やダイバーシティといったポピュレーション・アプローチの手法・解決策を模索する段階になっています。

ハイリスク・アプローチとは、
すでにメンタル不調となっている方やその予備軍(ハイリスク者)に対し、休職支援や復職判定を行うことなど、従来から確立されている手法で、産業医や保健師がもっとも得意とするアプローチ手法です。

一方、ポピュレーション・アプローチとは、
企業などの集団全体を対象に、過労死やメンタル不調者を出さない職場環境に改善していくことを促し、はたらく人たち全員が「働きがい(ワークエンゲージメント)」を持ち、仕事に対する誇りや自信を高め、チームでの「活発なコミュニケーション」を行うことで、「健康」や「健康感」を増進させる支援や社員教育のことを言います。

特にストレスチェックの集団分析結果をベースとしたワースト部署の部課長向けのコンサルテーションやハラスメント対策、アンガーマネジメントのセミナーなどがその一例です。

ドクタートラストのストレスチェック

産業保健革命とは

現在の産業保健業界は、ハイリスク・アプローチから、ポピュレーション・アプローチへと大きくシフトしています。

私は、この大きな潮流を「産業保健革命」と呼び、定義しています。

従来のハイリスク・アプローチを得意とする産業医や保健師が圧倒的に多い中、ポピュレーション・アプローチができる人材の育成が急務です。

最近では、CHO(チーフ・ヘルス・オフィサー)を役員や執行役員として選任する企業が増えています。

従来人事部傘下だった健康管理室(企業内保健室)を、経営企画部内に配置換えする組織改革が一部上場企業で増えています。

この動きは、社員の心理状態(ストレスの状態や心の持ちよう)、上司の適切な支援や裁量権の有無、働きがい(ワークエンゲージメント)などに関する「ストレスチェック」の調査結果や健康診断の生データが、個人情報よりも重い「機微情報」に該当することから、一般社員では取り扱うことができず、法的に許可されている産業医や保健師等の医療資格者のみが生データに触れることができるという事情が背景にあります。

産業医や保健師等は、これを分析した上で、個人を特定できないように情報を加工し、社員の心と体の機微情報(データ)に基づき、直ちに経営企画部内で具体的な職場環境改善策を決定・実施していきます。

数値で計測される様々な健康データと、営業成績などの成果を、経営企画部門が分析し、さらにPDCAを繰り返すという方法で、
ワークエンゲージメントや「生産性」を上げることで、より強い組織になることを目指している企業が増えてきています。

私は、働きやすい職場環境を構築することを経営者も社員も一緒になって目指すことが、「生産性の向上」に繋がると考えています。

今、必要なことは、遠回りになる印象があるとは思いますが、企業等ではたらく人たち全体の健康感や働きがいを向上させることが、同時に、メンタル予防や離職者の削減となり、優秀な人材を確保し、業績をあげることに繋がるただひとつの方法だと思います。

 


 

<参考> 増え続ける精神疾患の推移

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