この仕事をしていると、産業医による過重労働者面談(※)を導入した企業の多くが、「先生のおかげで、残業が減りました!」と誇らしげに報告してくれることが多い。残業を減らしていこうと懸命に頑張っている人事担当者の顔がたくさん目に浮かぶ。残業時間は一部の企業では増えてはいるものの、日本全体としては少なくなってきているはずだと思っていた。しかし、今朝の日本経済新聞の下記の見出しが目に入った瞬間、目の前が暗くなる思いがした。
正社員の残業が過去最長に
昨年 正社員の残業 最長に
なぜ減らない長時間労働
長く働けば昇進? 意識改革進まず日本人の長時間労働が減らない。2014年のデータを見ると残業時間は年173時間で前年より7時間、20年前より36時間増え、統計をさかのぼれる1993年以来、最長になった。政府や企業が労働時間の短縮を目標に掲げながら、なぜ改善しないのだろうか。(山崎純)
長時間の残業をする理由 ① 景気回復と人手不足
欧米とは異なり、日本企業は赤字決算や不景気を理由に「正社員を解雇する」などの雇用調整が原則できない。バブル崩壊から25年に亘る不況が延々と続くなか、正社員以外の非正規雇用者が急増し、今や労働者全体の4割を占めるほどになってしまった。非正規雇用者、特に派遣社員の制度については様々な問題を残したままである。非正規雇用者を解雇するという実質的な雇用調整が出来るようになったことで、日本が再びまた大不況に陥れば、4割の非正規雇用者の一斉解雇が始まる。日本の街中が失業者で溢れ、かつて経験したことがない悲惨な状況になる可能性が高い。景気の変動幅(ボラティリティ)が大きくなると、国民への影響(反動)が更に大きくなるという良くないレバレッジが効きやすい社会構造になっている。
過去最長の残業時間を更新した2014年は、景気が上向き始めた年である。仕事量が増えたとしても、4割の非正規雇用社員はおおむね定時で帰宅してしまう。また、好況時には売り手市場となるため即戦力となる優秀な人材の採用が難しい。結局、残業できるのは6割に減ってしまった正社員しかいない。景気が確実に良くなっている本年(2015年)は、更に残業時間が伸びることが確実だ。
日本の人事部は、現在採用活動を必死にやっている。面接者はいるものの、会社に適合する社員がいないという。子育て中の時短勤務を希望している女性社員に目を向けてみてはどうだろう。
残業時間を短縮できなければ日本は崩壊する
日本は、すでに先進7カ国中で最も残業時間が長い。最悪なことに、1時間あたりの労働生産性(売上高÷労働時間)も最下位である。長時間働くことで、何とか今の生活が維持できているという見方もできる。世界1位の残業大国の日本が、これ以上の残業を労働者に強いるとすれば、どうなるか。一番心配なことは、社員の心が病むことだ。新型うつ病(仕事中以外は元気)などが減少し、このところやや落ち着いてきたはずのメンタル不調者が、また社内で急増する。メンタル発症で休職した社員は、数ヶ月後には解雇できるなどと考えている企業は、労災裁判の賠償金負担が増え、ブラック企業としてのレッテルが貼られ、人材が流失、営業停止や倒産につながらないか。正社員になりたがらない若者も増えてくるだろう。正社員の残業時間があまりに長く悲惨なことから、出世をしたくない、給与が安くてもいいという若者が急増するような社会はいけない。ワーク・ライフバランスは崩れ、親の介護や少子化の問題も一層深刻となり、家庭崩壊のリスクも高い。残業時間が長引けば、会社の利益が出なくなるよう「残業代の割増制度」も導入されている。これ以上の残業時間の積み増しは、企業にも働く人にも日本にとってもいいことはひとつもない。
長時間の残業をする理由 ② 残業する人が評価される?
昭和の頃、がむしゃらに働いた「成功」体験を持つ役員や管理職が多い会社では、「残業する人を評価する」という傾向が若干ではあるが残っている。しかしながら、「残業する人が評価される」というイメージはすでに過去の話であり、幻想だ。人事部はいつも恒常的に残業をしている集団(固定メンバー)に属している社員を、決して評価しない。賞与査定の際に、残業代の支払が多い社員のランキングをつけ、ランクごとに人事査定を大きく引き下げ、賞与の大幅な減額対応をしているという話をほとんどの会社の人事課長や部長から頻繁に聞かされる。多くの企業の人事部で「残業時間」と「仕事の成果」を調査した結果、どこの企業でも「まったく相関関係がない」ということが分かっており、人事畑にいた人だったら誰でも知っている。特に、残業時間が毎月長い固定メンバーの中には、成績優秀者は少なく、成績の悪い社員が、長時間働く姿勢を見せ、成績をカバーする目的(帰宅恐怖症の人もいる)でだらだらと居残りしているケースが多い。成績の悪い社員が上司となり、同じように残業に付き合わされている部下は悲惨である。このような上司の働き方を見習っていては、成績が上がることはなく、組織は活性化できず、夕食をだらだら外に食べに行き、だらだらと仕事をしながら、幾ばくかの残業代を稼ぐ。だらだら上司と付き合っているこの時間に、社外の友と情報交換したり、趣味を深めたりすれば、仕事の集中力も増し、いい仕事ができるのだが、残業が長い人は、総じて不満が多く、みな目が淀んでいる。
仕事ができる人=生産性が高い人だとすれば、同じ成果であれば、労働時間が短い社員が評価される。当然のことだ。
優秀な子育て中の女性社員を活用すべきだ
どこの会社でも、最近は男性以上に女性社員が大活躍をしている。しかし、結婚、出産、育児となると第一線を離れてしまう。独身時代に優秀だった女性社員が子供を保育園に預けて職場復帰するケースはどんどん増えてはいるのだが、時短勤務だからとか、急に子供の病気で会社を休むからなどの理由で、責任のある仕事を任せていない会社が多い。同時に、このような会社に職場復帰した女性社員も、なるべく難しい仕事を受けないよう、残業の多い社員に気を使いながら、できる限り気配を消して働いている。
実にもったいない話である。
大半の社員が毎晩10時過ぎまで残業をすることが当たり前となってしまっている会社に、優秀な女性社員が職場復帰したとすれば、どう頑張っても上記のような「気配を消す働き方」しかできない。仕事の途中でさっさと帰ってしまう社員には、簡単な仕事しか任せられない。
残業のない会社なら優秀な女性社員が集まってくる
では、社員全員が夕方6時には帰宅できる残業がない会社に職場復帰すれば、どうなるか。1日30分程度の時短勤務だとする。この程度の時間の差であれば仕事をする上でのハンデには全くならない。時短勤務者でも、実力があれば管理職として十分活躍できる。むしろ、他の社員が定時に帰宅するためのいい職場環境が生まれる。生産性を意識したメリハリのある、集中力のある良い職場にどんどん変わっていく。
子育て中の女性を活用するメリット
働く子育て中の女性は、子どもの送り迎えの時間を守る必要があるため、時間の使い方が普通の男性社員よりも断然上手い。そのため仕事への集中力も高い。本人のモチベーションが高く保たれる職場環境であればあるほど、生産性の高い仕事をする。
人口減少期に入った日本では、労働者数×労働時間=利益・企業の成長にはもうならない。人件費が高すぎるためだ。国際的に見ても、日本の賃金水準は高すぎるため、生産性が低い仕事をだらだらされたら、会社がつぶれてしまう。価格競争に晒されない圧倒的に高い価値のある商品やサービスを生み出し続ける以外に、生き残ることができない。このためには、少数精鋭の組織が有利であり、このような会社が今後ますます優位に立つ。
労働人口もこの先どんどん減っていく。優秀な人材は極めて少なくなるなかで、パートなどで埋もれている子育て中の「優秀な」女性社員が輝けるような職場環境を創ることを経営者は目指すべきだ。労働生産性【(売上高)÷(労働時間)】を高めることでしか、社員に高い給与を支払えない。生産性が高い会社は、社員や社会の幸せにつながる。生産性を高める経営にどうやってしていくかが、これからの日本企業の課題であり、ライバル企業よりも早く、経営のトップが「残業を禁止した」ことを社内外に向かって発言すべきだ。そのような会社を探している「優秀な」子育て中の女性が今はまだたくさんいる。
(※)過重労働者面談とは
過重労働者面談とは、労働者数や業種を問わず「すべての企業」で義務化された月100時間(80時間超から過労死ラインと呼ばれるようになった)超の残業をした社員のうち、疲労の蓄積度が認められ、本人が希望した場合に、翌月までの1ヶ月以内に受ける「医師による長時間労働者面談」のことである。長時間労働が、脳・心臓・血管系の疾病を招き過労死やメンタル自殺につながっていることは明らかであり、長時間労働を抑止し、過労死や自殺者を少なくする目的で平成18年(20年)からスタートしている。現在、多くの企業が産業医に企業を訪問してもらい実施している。弊社の取引企業の人事部では、例えば、月80時間超の残業をした社員全員に、厚生労働省による「疲労蓄積度チェック」シートを記入してもらい、残業申請に添えて人事部宛に提出しなければ、残業申請が受理されない等の方法で、疲労蓄積度の高い過重労働者の中から毎月面談対象者を数名から数十名程度リストアップし、産業医の訪問日に1人10〜15分程度の面接を実施している。